ドンジニアの創作を通して学ぼうとしていたこと

何度も書いてますが、僕は『ドンジニア』が comico 公式連載作品になるとは思っていませんでした。誰がどう~~~見ても comico の読者層に合ってませんし、売上に繋がる数字(応援数)も低い。にも関わらず、何かの偶然で連載にこぎつけてしまいました。

comico の客層と作品ラインナップを見れば、僕が長期間連載できる確率はほぼゼロでした。奇跡が起きてバズらない限り半年以内に終わるだろうと。そのあたりの判断は、僕自身がWEBサービス開発を9年間やっていたので、容易にわかりました。

一応補足しますと、「可能なら長く連載したい」とは何度も考えました。ネタは無数にありますし、描いていて非常に楽しい作品なので。しかし、やはり comico の客層にウケそうな表現は僕の引き出しにありませんでしたし、comico 外からの新規読者の流入も期待できない以上、現実的に考えると「長期連載は無理」と判断しました。

そんなわけで、僕は連載が短期間で終わる想定で、次回作に活かせるスキルを習得することにフォーカスしていました。

どんなことを習得しようとしたのか?なにがうまくいかなかったのか?以下はその内容です。

  1. 週刊連載ペースの習得
  2. 画力の向上
  3. メンタルの強化

1. 週刊連載ペースの習得

専業漫画家として週刊連載するのは初めてだったので、まず安定して連載できるペースを確立することを目指しました。「毎日締切に追われて、泣きながら漫画を描き、命をすり減らし、廃人になる」というよくある漫画家像をたどってしまうのは、なんとしても避けたかったです。そんな状況でギャグなんか描けるわけないですし。

連載ペースを確立するために、以下を実現しようとしました。

  • 製作プロセスの標準化
  • 週40時間労働ペースの確立

順に見ていきましょう。

製作プロセスの標準化

「シナリオを書く → 絵を描く → アップロードする」というのが漫画製作の大まかな流れですが、どの工程にどれくらい時間がかかるのか、連載開始前の僕はほとんど把握していませんでした。もしいつも同じ工程で多大な時間がかかっているようなら、その工程は何らかの改善が必要です。

そこで、まずは製作プロセスを標準化しました。実際にどんなプロセスになったかは、前回の記事 (ドンジニアのできるまで) で解説した通りです。

ここは比較的簡単に習得できました。ごくありふれたプロセスですし。


問題は次です。


週40時間労働ペースの確立

「心身を病まず、 毎週ネタを考える余裕があり、安定して漫画を納品できる」という目標を達成するには、どれくらい作業時間を確保するべきでしょうか?多すぎれば病みますし、少なすぎれば品質が犠牲になります。

ひとまず僕はサラリーマン時代の労働時間に合わせ、「週40時間で1本完成」 という目標を立てました。つまり、1日8時間創作にあて、週2日は休める計算です。

この目標を達成できているか測定するため、Toggl という時間計測サービスで、日々の作業時間を記録しました。

Toggle Dashboard

なお、僕は自分の意志の弱さを重々承知しており、何の制約も無ければ毎日ダラダラ過ごしてしまうことを知っています。それでは漫画家業を持続できないので、自分を働かせる仕組みを作って自分を駆り立てることにしました。


毎週作品を完成させるたびに、作業時間をスプレッドシートに書き込んでいった結果、以下のように可視化されました。

Time Spreadsheet

これを見ると、40時間以内に完成する回は極めて少なく、ほとんどが45~55時間、多い場合60時間かかることがわかりました。週56時間を超えると、1日8時間労働で1週間働き詰めでも完成しません。次回のネタを考えている余裕もなく、破綻が目に見えています。死にます。

(※「1日8時間で死ぬんじゃねーよ!」という、タフガイからのツッコミが聞こえます。しかし、僕の集中力と持久力は極めて低いです。それ以上作業すると、ミスが爆発的に増えて、完成が遠のきます。)


ボトルネックを探すと、どうやら「下書き」工程が、全工程の 50~65% を占めることがわかりました。前から言っている通り、僕は絵を描くのが苦手です。しっくりくる絵にたどり着くまで、何度も何度も描き直す必要があります。しかしこれでは身が持ちません。

そこで、特に時間がかかる構図決めや背景の作画を省力化するため、3D モデリングソフトの SketchUp を活用することにしました。以前までは下書きフェーズでは使っていなかったのですが、下書きから使うことにしました。これで描き直しによるロスが無くなり、より正確な絵を、より短時間で描けるようになりました。脳への負担も大きく下がりました。

しかし、SketchUp はレンダリング機能が簡素すぎて、出力した絵をそのまま漫画に使えません。ペン入れ工程でトレースし、色を塗る必要があります。したがって、背景が多い回ではあまり作画コストが減らせません。

また、作画コストは以下の要因でも大きく変動し、思い通りにコントロールできません。

  • 1コマに描く人物が多い
  • 新キャラや新コスチュームが登場する回は、キャラクターデザインが必要
  • 色替えが複数回発生する
  • 通常よりページ数が多い
  • コピペできるコマが少ない

最終的に制作時間は 40~50 時間で収まるようにはなりましたが、まだまだ課題が多く残っています。

次回作までに、モデリングソフトの変更や、省略技法の習得で対応しようと思っています。

お金があれば、色塗りをアウトソーシングなどもできるのですが…。


2. 画力の向上

「画力」とはなんでしょうか?僕の定義では、漫画における「画力」とは「世界観を最も的確に、素早く、リッチに表現できる」ことです。この定義に従うと、『コボちゃん』や『ドラえもん』が非常に高い評価になります。昨今はあらゆる漫画で美少女やイケメンが求められ、やたら背景を描き込む風潮が目立ちますが、それらは僕の評価外になります。

この画力を向上させるために、具体的には以下のスキルの習得を目指しました。

彩色スキル

comico 公式作品はカラーが必須ですが、僕はほとんど彩色に関する知識がありませんでした。そこで、まず基本的な知識を書籍『カラー&ライト ~リアリズムのための色彩と光の描き方~』で学びました。この本は素晴らしい内容で、 僕の 目から出たウロコで床が埋めつくされました。特に「ガマットマップ」は僕の標準的な彩色技法になっています。

本で得た知識を元に、色塗りが素敵な作品を分析し、吸収しました。特に強い影響を受けたのは、以下の作品です。ディズニー・チャンネルのアニメが多いですね。

  • Tangled: The Series
  • Big Hero 6: The Series
  • Gravity Falls
  • Star vs The Forces of Evil
  • Hotel Transylvania: The Series
  • Carmen Sandiego (Netflix オリジナル)

習得には長らく時間がかかり、Episode 31 あたりからようやく色彩設計のコツが分かってきました。それでもまだまだ未熟だと自覚しています。次回作まで修行します。

デフォルメ・省力化・様式化

僕の絵はよく「カートゥーンっぽい」と言われますが、元はと言えば藤子・F・ゴッド・不二雄から影響を受けています。すなわち、できるだけシンプルな線で、できるだけリッチな表現を目指しています。

僕がシンプルな絵にこだわるのは、以下の理由によります。

  • 単に乱視がひどくて、細かい線が見えない
  • 作画コストを最小に抑えたい
  • シンプルなシナリオを表現したければ、絵もシンプルな方が相性がいい
  • 線が多くて面白い作品を知らない (どれも読みづらくて苦痛)
  • 線がシンプルでも、デフォルメや色彩が巧みなら、十分強いインパクトを与えられる (先述のアニメ作品を見て学習した)

シンプルかつ的確な世界観を表現するには、適切なデフォルメを行う必要があります。それには高度なデザインスキルが求められます。具体的には、作画コストと視覚的インパクトのバランスを取ること。また、やたらとアクセサリーやメイクを足し算するのではなく、キャラクターや世界観を的確に表すコア(最小条件)を引き算で考えることです。

これもなかなか身につかず、毎週ふりかえりを行って少しずつリファインメントしていきました。

連載開催当初と後半を比較すると、伊勢が2倍ほど巨大化したり、香川が太くなったりしています。以下は Episode 2 と 35 の比較です。変わった。

良くなったとはいえ、まだまだ体のラインがぎこちなく、リズムが十分ではないと感じています。目標はディズニーアニメばりの「語る動き」です。これももっと鍛錬が必要です。

3. メンタルの強化

執筆中は、様々なネガティブな感情に襲われます。

特に作画工程では、自分の漫画を何度も何度も読み返すことになります。シナリオを思いついた時はゲラゲラ笑っていたネタでも、徐々に飽き、ゲシュタルト崩壊が発生し、面白さを見失っていきます。そして数時間も作業をしていると「これ本当に面白いか?」「このギャグ伝わるか?」といった不安が押し寄せてきます。

特に Episode 24~27 の4部作では、メンタルへの負荷がピークに達しました。話が繋がっているので、1話描き終えても気分をリセットできないまま次の話に取り掛かることになります。しかも4部作ということは、最後に来るオチは4話分タメたものになるわけで、スベることへの恐怖もいつもの4倍になります。

プレッシャーと不安が積み重なった結果、明らかに集中力が下がり、作業ミスが続出する悪影響が出ました。

この苦しい執筆をなんとか乗り切るため、まず瞑想を日常に組み込もうと思い立ちました。瞑想の習慣自体は3年前からあるのですが、メンタルが追い詰められている時はやる気が起きませんでした。そして焦燥感に駆られるまま描き続けて、なおさら追い詰められる……という負のサイクルにハマっていました。

そこで、「疲れたら瞑想」という習慣をルール化しました。これで心の動揺を落ち着いて観照できるようになりました。

それに加えて、以下のマインドセットを明文化し、不安を感じたときに思い出すようにしました。

  • 漫画なんてしょせん遊び ― ― スベっても死なない
  • スベる不安を抱くのは、精神が正常である証拠   ― ― 恐怖心を抱かないのは、悟りを開いた人か、イカれた人だけ
  • 新しい表現に挑戦している限り、不安は伴う   ― ― 不安を感じなくなったらとしたら、日和って安全な表現に逃げてる証拠
  • つまり、不安を感じたら安心していい

けっきょく不安が生じること自体は変わりませんでしたが、これらのマインドセットのおかげでスルーできるようになったので、苦痛は大幅に減少しました。

最近は脳前頭前野が「プレッシャーかけるだけ無駄」と学習したようで、不安を生じる頻度そのものが減ってきました。瞑想やっててヨカッタ。ブッダに感謝。


上記を総合すると、「次回作に繋がるスキルは習得できたか?」という問いに対して、答えは「YES…不十分だけど」となります。点数にすれば60点ぐらいでしょうか。それでも、連載開始前に比べれば劇的にレベルアップできたと感じています。成長のチャンスを与えてくれた comico および読者の皆さんにマジ感謝です。


「こうした方が良くなる」などのアドバイスがあれば、ぜひ教えてください。僕はもっと楽に生きたいです。