『かぜはふり』の表現上の工夫

数々の初めての試みが、『かぜはふり』には採用されています。それらを紹介し、そのようにした理由を説明します。

輪郭線を描かない

輪郭線が無い

フルカラーで漫画を描き始めたときから、「輪郭線なんて要らないのでは?」と思うことがしばしばありました。理由は以下。

  • 白黒ではキャラと背景を分離するために輪郭線は欠かせないが、カラーなら色相・明度・彩度でコントラストを付ければ分離できる。
  • 輪郭線が無い方が情報量が減って絵がスッキリする。線でこまごま分割するより、大きな面で語る方がシンプルになる。
  • リムライトやシャドーで境界線を示せば、同時に立体感を与えられる。
  • 僕が乱視のため、そもそも細々した線が好きじゃない。
  • 前々回説明した「フロー」にフォーカスするためには、絵のディティールに注目を集めすぎない方が良いので、高周波成分になりやすい輪郭線は削った方がいい。

類似の画風の作品として、 『Klaus』『Carmen Sandiego』 があり、それぞれ輪郭線の無いフラットな絵で効果的に語れてます。良いお手本があったので、実行にあたり特に迷いはありませんでした。

あまり日本の漫画では見かけないので、初見の読者には違和感があるかもしれませんが、数ページ見れば慣れると思います。

(余談ですが、『Carmen Sandiego』 のキャラクターデザイナーは Keiko Murayama さんです。一瞬 Kei Muratagawa に見える。)

大まかなテクスチャー

大まかなテクスチャー

背景は基本的にざっくりしたテクスチャーにしています。これも絵の周波成分を減らして、フローを作ろうとする意図によります。

大鎧や装束にはテクスチャーを多用していますが、これは輪郭線の代わりに、キャラと背景の間にコントラストを付けるためにあえてそうしました。人の注視点は情報量の差(コントラスト)がある部分に集まるので、「背景(低周波) → 鎧(高周波) → 顔(低周波)」という構成にすれば、鎧を境目に分割できます。

なお、本当は Yun Ling(@lingy000) 氏のように、ノーテクスチャーでリッチな画面にしたかったのですが、僕には難しすぎて挫折しました。どうやっても画面全体がノッペリしてしまう。

効果音が無い

効果音が無い

作中では一度も効果音を書いていません。理由は以下です。

  • 絵が十分うるさいので、それ以上必要ない。
  • そもそも、絵を見て何が起きているか把握できるなら、効果音は必須ではない。
  • 不要な要素を減らした方が本質が見やすくなる。
  • 『メトロブルー』 は、色彩のコントラスト、エフェクト、効果音が重なることが多く、アホが作曲した EDM のように常時音割れしてる感じがした。読むと耳が痛くなる。その反省から。

効果線(エフェクト)が少ない

効果音が少ない

効果音と同様の理由で、絵がうるさくならないようにするために、効果線を減らしました。

とはいえ動きの方向やスピード感を明確に伝えたいときは、スミア(コスリ)とブラー(ぼかし)だけ使っています。

セリフが明朝体

セリフが明朝体

歴史モノなので、その世界観に合うフォントを探した結果、無料フォントの「源ノ明朝」に落ち着きました。有料フォントも検討しましたが、字間や文字サイズを微調整する必要が無く、かつ可読性が最も高いものを選んだら、やはり源ノ明朝が残りました。


なお、Clip Studio Paint 標準の漫画フォント (イワタアンチック) は、漢字が汚すぎて使えませんでした。部首のバランスが悪いし、隙間の広さが不揃いだし、字によっては線が重なって潰れます(「製麺」の「製」とか)。ギャグ漫画ならそのダメさを逆に利用できますが、シリアスな漫画は格を下げます。無料で付属するとはいえ、もう少しマシなものに替えてほしい。

イワタアンチック

↑ダメ字

大河ドラマ風口調

大河ドラマ風口調

『平家物語』に典拠を置いているので、できるだけ古語を生かしたかったのですが、やはりそのままでは注釈なしに読めない言葉遣いも多かったので、「古語風の現代語」も織り交ぜています。その結果、大河ドラマのような言葉遣いになりました。

僕は古文が得意なわけではないので、文法的に間違った文が紛れ込んでいる可能性が高いです。読者の中に琵琶法師の方がいらっしゃいましたら、どうかご指摘ください。


なお本当は係り結びも炸裂させたかったのですが、古文を忘れている読者が「え?」となってつまずく可能性が高かったので、最後の最後まで悩んだ結果、泣く泣く別のセリフに替えました。

係り結び

「な……そ」: 強い禁止を表す。「~するな」。


総評

作品の統合性を最大化することを考えた結果、以上のような表現に落ち着きました。どの要素も洗練する余地はいくらでもあるのですが、僕の能力と作業コストとを考えた結果、これぐらいが限界でした。

今後また歴史モノを描く機会があれば、より洗練して挑みたいです。そして次こそ、係り結びを炸裂させた