『西行桜桜』のトリビア

先日公開した『西行桜桜』 のトリビアです。

↑作画で使用した3Dシーン

原作との違い

原作である能『西行桜』のあらすじは、前回の記事に書きました。本作『西行桜桜』も、流れはほぼ同じです。目立った違いといえば、花の精が西行にクイズ大会をふっかける点ぐらいでしょうか。

原作は事件らしい事件も起きない夢幻能なので、いじろうと思えばいじり放題-です。が、原作の和やかさと通うものを表したかったので、根本は大きくは改変しませんでした。

ディズニーくらい改変したら、それはそれで面白くなるかもしれませんが。アンデルセン童話の『人魚姫』を『リトル・マーメイド』に激しくアレンジして、海の魔女とバトルを繰り広げたりするように。

西行法師

西行桜桜

いわずと知れた平安後期の大歌人です。その歌は繊細さと柔らかさ、人柄を感じさせる深みを持ち、時代を超えて心に響くものがあります。元エリート軍人(北面の武士)であり、『新古今和歌集』をはじめとする勅撰和歌集に多数の歌が採用され、私生活でも逸話が多い超人です。

が、本作では上記を一切感じさせない、間の抜けた坊主になっています。顔も赤塚不二夫風。

実際の西行は素朴な和歌も多く残していますが、本作の西行は素朴すぎます。原作で桜の精を呼びだすきっかけとなった和歌は 「花見んと群れつつ人の来るのみぞ、あたら桜の科にはありける」(花を見ようと人が集まって来るのが、桜の罪だ)。これに対して本作では「酔っぱらい やたら来るのは桜のせい ではなく酒と春のせいかも」。これでは入選できない。

ちなみに能のワキ役は舞台端でじっと佇んでいることが多いですが、それを模して、本作の西行は一歩も動きません。妙なこだわり。

酔っぱらい

酔っぱらい

ドンジニア』の4人(山田、吉田、伊勢、武蔵野)が乱入。山田は相変わらずの泥酔ぶりです。

山田が口にしている歌 「咲けばこそいとど桜はめでたけれ」は、『伊勢物語』八十二段にある「散ればこそいとど桜はめでたけれ 憂き世になにか久しかるべき」のパロディー。元の歌では「桜は散るから素晴らしい」と言っているのを、山田は「桜は咲くから素晴らしい」と、アホなトートロジーじみたことを言っています。

桜

現代と平安時代では桜の色の認識が異なります。和歌で歌われる桜(=花)は、たいてい白です。当時の詩的常識では、桜の花を降り積もる雪や、遠くの山の雲と見間違えます。どうやら昔の京都洛内から見えた白い山桜のイメージが染み付いていたそうで。

今回は花の色が問題となるシーンはないので、現代の通念に合わせてピンク色にしました。

それにしても西行の経済観はよくわかりません。坊主なのに花見ができるくらい大きな庭を持ってるし、原作では使用人(能力のうりき)も抱えています。同時代の鴨長明は方丈庵と呼ばれる超狭い小屋に住んでいましたが、西行の暮らしぶりは質素とは言いがたい。むしろ優雅です。歌を詠みやすい住環境に最適化していたのかも?

桜の精

桜の精

桜の精は、原作同様に西行に対する憤りとともに登場します。「桜の精」と「桜のせい」の混同は、狂言的な秀句(ダジャレ)。

「草木には心がないんだから、桜が罪を犯すわけないだろ」と西行を糾弾しますが、その言い分は怒心まんまんの態度と明らかに矛盾しています。原作で西行はそこを指摘せず、自分の非をあっさり認めます。しかし本作ではツッコむため、どちらに非があるかを決めるための問答(クイズ大会)にもつれ込みます。

クイズ大会

クイズ大会

各問題は、原作の謡の中に現れる和歌や名所めぐりから引用しています。問いと答えは以下。

  • 問: 京で桜が最初に咲く名所といえば?
    • 答: 近衛殿の糸桜
    • 解説: 藤原氏・近衛家の邸宅にあった枝垂れ桜のことらしい
  • 問: 次の歌の作者は? 「〽見渡せば柳桜をこきまぜて (都ぞ春の錦なりける)
    • 答: 素性法師
    • 解説:『古今和歌集』春上・56番。素性法師が山から春景色の京を眺め、その美しさを称えた句。「柳と桜が織り交じって錦の柄みたいだぶつ」という意味。
  • 問: 千本の桜が植えられた大通りといえば?
    • 答: 朱雀大路
    • 解説: 平安宮の南門(朱雀門)から平安京の南入口(羅城門)まで伸びるメインストリートのこと

なお作画上見えませんが、クイズ回答者席には、早押しボタンの代わりに鼓が埋まっています。鼓をポーンと叩いた衝撃で扇が上がるシステム。

酒の精

酒の精

顔は能面の大癋見おおべしみから。口を一文字に結んだ、威猛みなぎる表情です。

全身は酒蔵につきものの杉玉から成っています。服装は日本最初の杜氏といわれる高橋活日命たかはしいくひのみことを参照して、古墳時代の服に。

酒樽は後のライブでカホンとして使います。

春の精

春の精

「春の神」といえば佐保姫さおひめですが、世間で固まったイメージがないので、十二単を着た殿上人てんじょうびとらしいビジュアルにしました。(腰の後ろに垂らすプリーツ状の布)と領巾ひれ(両肩に羽織る布)が春霞になっています。首元の五衣いつつぎぬは本当に5色にすると高周波すぎるので、2色で代表して簡略化。それでも複雑すぎて、できればもう描きたくない。

楽器は龍笛りゅうてき。ライブではフルートのように熱くブロウしています。

花見ライブ

ライブ

フラメンコそのものです。地謡じうたいがカンテ(歌パート)になっており、琵琶はギタリスト。

Paco de Lucia

さり気なくフラメンコギターの神、パコ・デ・ルシアも降臨。あんまり似ていませんが。

天照大神

天照大神

太陽神・天照大神あまてらすおおみかみ天岩戸あまのいわとから自然に登場。岩が網戸ぐらいの軽さ。

盛り上がっているライブを見て「あな面白おもしろ」と叫びますが、これは「面白い」という形容詞の語源に基づいています。天照大神が天岩戸から出てきた際、岩戸の前で楽しげに踊っていた神々の顔 おも を後光が く照らした、というのが由来だとか。そう考えるとこの単語には神レベルの言霊が込められています。あな面白。

なお西行は仏僧ですが、伊勢に在住していた時期があり、伊勢神宮の周辺や神道に関する歌も多く残っています。ただし一番有名な 「何事のおはしますかは知らねども かたじけなさに涙こぼるる(伊勢神宮にどんな神様がいるか知らないけど、ただ畏れ多くて涙が出るんだぶつ)」が西行作というのは俗説で、ほぼ確実に西行の歌ではないらしい。

大日如来

大日如来

大日如来が天照大神と一緒に天岩戸から登場するのは、神仏習合思想における常識から。西行は出家後に真言宗の修行を積んでいます。真言密教が崇拝するトップは大日如来。仏である大日如来が神として姿を変えると天照大神になります。大日如来=天照大神です。

同一人物なら二人同時に出てくるのは変ですが、シナリオ上ではとっくに非論理空間に移行しているので、今さら気にしないてください。

ところで僕は仏関連の発言の語尾にやたらと「~だぶつ」と付けますが、これは阿彌陀佛あみだぶつのことで、口に唱えると功徳が得られるという名号みょうごうです。要するにありがたい言葉なので、積極的に使っていいんだぶつ。

ライブ中の謡

謡

『西行桜』の詞章を抽出・再構築して、終わらない party nightパーリナイ を歌うようにしました。世阿弥作とされる曲だけあり、どの部分も響きが美しい。

ライブ中の詞章の現代語訳は、おおむね以下のとおり。

頃も弥生の空なれや。

3月(旧暦)の空になった。

花の友、知るも知らぬもおしなめて、誰も花なる心かな。誰も花なる心かな。

桜に集まった人々は、知ってる人も知らない人も、みんな華やいだ気分になるなあ。なるなあ~。

あたら桜の蔭暮れて、月になる夜の木のもとに、今宵は花の下臥して、家路忘れてもろ共に、夜とともに眺め明かさん。

惜しくも日が暮れ桜も陰り、夜空に月が上った。今夜は桜の木の下に寝床を取って、家に帰るのも忘れて、ひと晩中眺め明かそう。

春の夜の、花の影より明けそめて、鐘をも待たぬ別れこそあれ。別れこそあれ、別れこそあれ。

春の夜が、桜の影から明け始めて、夜明けの鐘を待たずに、別れの時が来た。別れの時が来た、別れの時が来た。

惜しむべし惜しむべし。得難きは時、逢い難きは友なるべし。待て暫し待て暫し、夜はまだ深きぞ。白むは花の影なりけり。

名残惜しい、名残惜しい。時は得がたく、友は逢いがたい。もう少し待て、もう少し待て。夜はまだ深いぞ。白んでいるのは花の影だけだぞ。(まだまだ夜はこれからだ!)


西行スヤスヤ

こうして人も神仏も入り乱れて盛り上がってるのに、またも寝てしまう西行。春眠暁を覚えず。

オチ

オチ

本作の最後はまわりオチとなっており、話の先頭にループします。『西行桜』を含む能の三番目物は、たいてい夢が覚めて元の光景が広がっているのを見て、静寂感とともに終わります。一方、本作では夢を永遠に繰り返すような書き方にしました。こんな楽しい花見なら、永劫回帰してもいいでしょう。西行も毎ループの記憶を失ってるみたいですし。

なお西行は桜を愛したことでも知られており、数々の桜の名句を残しています。「死ぬ時は春に桜の下で死にたいなあ」という心を詠んだ歌、「願わくは花のしたにて春死なん その如月きさらぎ望月もちづきの頃」の通り、如月の望月を眺めた翌日(1190年2月16日)に大往生を遂げました。俗世を捨てて和歌と桜に執念を燃やし、だからといって自己嫌悪に陥ることなく煩悩を受け入れ、わが道を生き、ついには理想的な死を迎えた。この生き方の美しさも、西行がいつの時代の人にも憧れられる理由です。


西行は面白い逸話が多く、魅力的な人物です。近いうちにギャグ以外でも描いてみたいですね。


もう一つ本編と関係ないどうでもいいこと。「西行」という字面から “Go West” を連想すると、ドリフの歌声が聞こえてきます。ニンニキニキニキ。