ジャズ理論で漫画を描く

僕は大学入学時からジャズに没頭し、以来ずっとサクソフォンを吹いています。様々なジャズメンを崇め、技術や思想を学び取ってきました。

その影響で、僕が漫画を描く際の思考は、大半がジャズ理論からの借用になっています。

例えば4コマ漫画を考える時、典型的なやり方では「起承転結」の構成を考えます。しかし僕はジャズ理論の 「緊張と解決」 で考えます。その方がずっと柔軟に考えられるのです。


やや専門的になりますが、ジャズではコードを「トニック(T)」「ドミナント(D)」「サブドミナント(SD)」の3種類に分類し、その組み合わせで曲を構成します。超ざっくりと説明すると、それぞれの機能は下のようになります。

  • トニック (T): もっとも安定感のあるサウンド。
  • ドミナント (D): 緊張感のあるサウンド。トニックまたは次のドミナントに移行しようとする。
  • サブドミナント (SD): T と D のどちらにも属さないサウンド。コード間のつなぎで使う。

これを使って4コマ漫画の「起承転結」を置き換えると、 「T-SD-D-T」 となります。「安定→準安定→緊張→安定(解放)」ともいえます。


さて、4コマの基本は「起承転結」とはいえ、それだけでは退屈です。もちろん起承転結だけを忠実に守ってグッドサウンドを奏でる人もいるでしょうが、僕は病的に飽きっぽいので変化を求めます。1コマ目にいきなり「D」をぶちこんだり、4コマ目を「D」で終わらせて違和感を残したりします。


例えば「カクテル」という4コマを見てみましょう。

1コマ目で明らかに客がオカシイ。いきなり異変が起きています。これをコードの機能で表現すると 「D-T-D-T」 となります。


続いて 『悪いスイカ』 という4コマも見てみましょう。

1コマ目はごく普通のスイカ割りの光景ですが、2コマ目で異常が発生しています。3コマ目でまた普通のスイカ割りに戻りますが、4コマ目はオチと呼ぶには事件性が高すぎ、解決感がありません。これは 「T-D-T-D」 という構成です。

というか、スイカが歩いて喋りだした時点でもう常識的な思考から離れているので、全体的にドミナント感が立ち込めています。僕は総じてこういうフワフワしたサウンドが好きです。(ジャズでいう「モーダル」な感じに近い)


さらに、読み切り漫画の 『をんがへし』 は、1ページ目から激しい展開で始まっています。このとき意識していたのは、ジャズの帝王マイルス・デイヴィスの “TUTU” という曲です。開始1秒で放たれる 「ディン!」 のようなインパクトをぶち込みたくてやってみました。コード進行の話からは逸れますが、ジャズの名曲を元に発想した作品も幾つかあります。

こんな調子で、僕は漫画を描くときにジャズの理論を借用しています。ここで紹介したのは初歩的な理論で、もう少しややこしいもの(調性、代理コード、アレンジなど)もアナロジーを使って結びつけています。

いずれはジョン・コルトレーンのようにアツいサウンドや、セロニアス・モンクのように奇天烈なのに美しいサウンドも奏でたいですね。漫画で。


ところでこんな文章を書くと、「さては村田川はジャズの演奏がうまいのでは?」と思われるかもしれません。言っておきますが、 僕の演奏は猛烈に下手です。 指は回らないし、ピッチは悪いし、発想も凡庸です。決して聴きたいなどと思うことなかれ。